Natural Woman's Diary

ARTICLE PAGE

21 2012

厭味なヤツとキリスト意識

この世には、信じられないぐらい皮肉屋で厭味なヤツが存在するんだと感じる今日この頃。

今日も仕事を始める為にコンピューターの前に座るや否や、“待ってました~!”とばかりに、厭味なヤツから電話が一本。そして、また一本。文句タラタラ、皮肉一杯の卑屈な笑いを聞きながら、『そんなに信頼できなくて嫌いだったら電話してこなくてもいいぢゃん?!』と言いたくなるのを堪えながら話すこと数分。私も頑固で単純だから、完全にやる気をなくしてしまったわけですが、その後、すっごくポジティブでパワフルな方とお話することが出来たのが“お口直し”、唯一の救いでしょうか。

あのね、一言、はっきりと言わせてもらいますが、人って言う動物は、出来る限り良いところを見つけて、それを偽りなく、心から褒めてあげることが実に大切なんですよ。誰だって得意分野、良いところがあるわけですから、それがたとえ見えにくくても探すことが大切。『あほ!バカ!間抜け!』と言い切ってしまうのは簡単ですが、ネガティブに“できないこと”や”能力が足りない部分”ばかりを責めたり突っついたりしたら、誰だって腐ってきて、ある能力だって委縮してしまって最大限には発揮されません。まったくもって非生産的。そして、それがたとえ、直接自分に向けられていなくて、他人のことであっても、そんな話を聞くだけで同じように心が腐ってしまう。でね、何かを作り上げる時は、ポジションや年齢や経験があっても、皆が皆平等で、そのバランスが崩れると同時に、目的に到達するためのすべてのプロセスが崩れてしまう。そんなシンプルなもんなんですよね、人って。

ちなみに、イエスキリストは、どんな人に会っても、その人の一番高い霊性を見ていたらしいです。なので、病気の人に会っても、その人が最高に健康な状態を見て、信じていて、そんな彼のバイブレーションが自然に相手に伝わり、それに同調した結果、病気が治った・・・という話を聞きます。ということは、どんな厭味な人が皮肉たっぷりに私に挑んできても、私はキリストのように、その人の一番高い霊性を見て接しろ・・・ということですよね?!その人の良いところを見つけて褒めてあげるぅぅぅ?????いやぁ、今の私にはマジで難しいわぁ~。

んなわけで、キリスト意識には程遠いということで、結局、私もその人もお互い様ということなんでしょう。内面の改革・・・道のりは険しいっす(苦笑)