Natural Woman's Diary

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06 2011

「福島は私たちです。」

東北、関東地方で地震、津波が発生してから今日で1カ月近くが経過しました。
原発事故により漏れ出した放射能は、風に乗り、川や海に流れ込み、日本以外の他の国々をも脅かす世界的に深刻な状況へと発展しています。災害発生当初の私は、実際には何の助けにもならない自分に焦りを感じながら、政府や東電の無能さやリーダーシップのなさに腹立たしさを感じたり嘆いたりと批判的かつ否定的な態度でことの成行きを“部外者”の目線で見ていました。しかし、被災地や原発に向けて祈りを捧げてる内に、ふと今目の前にある現実は、“自分自身”の内側を映し出す鏡であるのではないかと気付いたと同時に、幼い頃の記憶が蘇ってきました。

何歳ぐらいだったでしょうか。
多分、70年代にあったオイルショックの後だったと思います。
何がきっかけかは忘れてしまいましたが、当時、大々的に安全性をPRしていた原子力発電所に母が見学に行き、その光景を私に話してくれた時のことです。何の知識も持たない幼い私の頭の中に、大きく「なぜ?」という二文字が浮かんだのを覚えています。そして、「世界で唯一の被爆国である日本が、なぜ、あれほどまでに多くの尊い命を奪った原子力を抵抗なく利用できるのか?」とか「いくら平和利用と言っても、毎夏ある原爆記念日に“核廃絶”と声高に叫んでいることに大きく反するのではないのか?」と母に詰め寄りましたが、私を納得させる答えを得ることはできませんでした。

あれから長い年月を経て、そんな幼い頃の疑問は私の中から消え去っていきました。
スイッチを入れるとパッとテレビや電燈やコンピュータがオンになり、お米と水を入れた炊飯器から湯気が立ち、電子レンジでは瞬く間に冷たいものが温められ、蛇口をひねると飲むに耐えられる水や熱いお湯が出るという生活をごくごく当たり前としてきました。それら“普通の生活”を可能にする電気がどのようにして作られるのかを気にすることもなく。

自分を鈍感にし、原発を善しとしたのは、まぎれもなく“私”であり、福島で今まさに起こっていることのすべては“私”に因があると気付き始めた時、私の心を揺らす一つの詩に出会いました。

『福島は私たちです。私たちは福島です。
避難するみなさん、身を切る辛さで故郷を離れていくみなさん。
必ず戻ってきて下さい。
福島を失っちゃいけない。東北を失っちゃいけない。
夜の深さに、闇の広さに、未明の冷たさに耐えていること。
私は一生忘れません。
明けない夜は無い。』
和合亮一氏のツイッターより)

今の私は、時間の許す限り、自分自身を振り返り、“当事者”の目線で福島の原発に感謝を送るよう心がけています。
「今まで一生懸命に働いてくれてありがとう。ごめんね。」と。
恐れや怒り、反発で解決するものは・・・やはり一つもありません。




障壁を押しのけ、種を植えて、みんなマインドゲームをやってるんだよ
地球平和のマントラを唱え、マインドゲリラをやってるんだ
マインドゲームは永遠のもの
預言者たちさえも、ベールを上げてマインドゲリラをやってるんだもの

マインドゲームこそが聖杯を探す魔法だって誰かが言ったけど“愛”こそが答え
そんなことはもう既に知ってるよね
“愛”という名の一輪の花を手に入れたあなた自身がその花を育てなくては

だから一緒にマインドゲームを続けよう
未来を信じ、“今ここ”を飛び越えるんだ

マインドゲリラをやり込めることなんて不可能さ
だってそれは、私たち心の奥深くにある真実だから

さあ、マインドゲーム続けよう
空間と時間にイメージを投影させながら

“イエス”こそが答え
そんなことはもう既に知ってるよね
“イエス”とはゆだねること
握りしめた手をひらき、すべてをゆだねてみようよ

さあ、マインドゲーム続けよう
輝く太陽の下で祈り、踊ろう
多くのマインドゲリラも魂の力でカルマの車輪を押しているよ

さあ、マインドゲーム続けよう
平和と愛の精神を高めながら

戦いではなくて愛を交わしたい
そんなことはもう既に知ってるよね

("Mind Games" by John Lennon 和訳:たかのひろ子)